倫敦<ロンドン>漱石記念館


所在地 :: 80b, The Chase, London SW4 0NG, United Kingdom
電話/FAX :: Phone: +44-207-720-8718
FAX は廃止されました。
ご連絡は原則としてメールでお願いいたします。
E-mail ::

恒松 郁生 館長: nsoseki@hotmail.com (在熊本:崇城大学)

岡村 光浩 Webmaster: webmaster@soseki.org (在横浜)

最寄駅 :: London Underground (地下鉄) Northern Line, Clapham Common 駅 駅から記念館までの地図
開館期間 :: 2月〜9月
開館時間 :: 水、土曜日(11時〜13時及び14時〜17時),日曜日(14時〜17時)
(注意)最終入場は午後4時半となりますので、御了承下さいませ。

 夏目漱石が英国への最初の国費留学生として、英語英文学研究のためにイギリスに来たのは、1900年10月28日のことでした。彼の留学期間は1902年12月までのまる2ヵ年余りにおよびますが、その間、最初のガワー街の宿を含めて5回ほど下宿を変わっています。2回目の下宿はミス・ミルドのプライオリー・ロードの家で、これは今でも当時のまま残っています。
 3回目の下宿はフロッドン街にあったブレット家ですが、ここだけは残念ながら第2次世界大戦後に取り壊され、現在は新しい建物が立っています。4番目の家はブレット家と共に引っ越した家で、ステラ街に残っています。
 さて、最後の5番目の下宿がミス・リールの家で、この記念館の真ん前に見える建物です。漱石はこの家の3階の1室を借りて、ここに1年4ヶ月滞在しましたので、彼にとってはこの家が、最も思い出深いものがあったに違いありません。幸いこの建物をはじめチェイスの通りも、近くにある赤いヴィクトリア時代の郵便ポストも当時を偲ばせてくれます。

 ロンドン漱石記念館は1984年3月、ロンドンに長く滞在する漱石研究家の恒松郁生が私財を投じて建物を購入し、同年8月25日開館したものであります。この記念館内部には漱石留学当時の資料、特に漱石が出会ったロンドン大学のカー教授やクレイグ先生をはじめ、イギリス人たち、あるいは彼が目撃したロンドンの様子などが、当時の写真や新聞、雑誌などの資料によって展示されています。
 またこの展示室と接する書斎には、漱石関係の全集や研究書、さらに近代日本文学関係の書物やそれらの英訳は言うまでもなく、フランス語訳、ドイツ語訳、スペイン語訳、オランダ語訳などが備えられています。来館者はこれらの書物を自由に利用することが出来ます。この記念館は漱石のロンドン留学生活を偲ぶよすがとして開館されたものですが、同時に日英のみならず日欧の文化交流のささやかな役割を果たすことも希望しています。

 ロンドンでの漱石の生活はチェイス通りでの生活を含めて、「倫敦に住み暮らしたる2年は尤も不愉快の2年なり」といわれています。確かにその不快がつのって、帰国の年1902年の夏頃には、医師の治療を要するほどの、今でいうノイローゼにかかったといわれています。しかし漱石が記している「余は英国紳士の国にあって、狼群に伍する1匹のむく犬の如く哀れなる生活を営みたり」というのは、必ずしも事実ではなく、漱石の一方的な思い込みだったのかもしれません。というのは、下宿の女主人ミス・リールにしても、漱石の病状を案じ、あれこれと親切に世話をしてくれた人たちなのです。
 また当時は日英同盟が締結され、イギリス人の対日関心度も高かったし、一般的に日本及び日本人には好感が持たれていたはずです。しかし漱石の「不愉快」の感情そのものは、事実であったと思われます。
 しかしそれにも拘わらず、漱石の2年のロンドン生活は実り豊かな結実をもたらしました。『文学論』や『文学評論』をはじめ、『カーライル博物館』『倫敦塔』『自転車日記』や『永日小品』などの直接的な作品はもとより、後年の漱石の作家としての文学的成功は、このロンドン生活の経験を抜きにしては考えられません。彼がこの国で経験したものは、「近代」そのものであって、ここにおいて漱石はイギリスから真に学ぶべきものは学びとったのであります。


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