『漱石研究』 目次に戻る :第二章 いらだちの日々(1903-1907年) :第二節 :

「吾輩は猫である」

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 「吾輩は猫である。名前はまだない。」これが、一九〇五年一月に「ホトトギス」に掲載された「吾輩は猫である」の第一章の書き出しだ。第一章に続けてすぐに第二章が掲載され、残りの九章は断続的にぽつぽつと発表され、一九〇六年の八月の第十一章でこの物語は完結する。この作品は鬱積していた漱石の個人的ないらだちと、抑圧された創造的エネルギーとの最初の発散場所だった。それはまた、すでに四十近くになっていた漱石の、明治文学の新人としての地位を確実なものとした最初の作品でもあった。「倫敦消息」といった小品を発表させ、著作活動に漱石を積極的に参加させようとしたのは、古くからの友人の正岡子規だったが、一九〇二年に子規が死去してからは、「ホトトギス」の編集主幹のあとをついだ高浜虚子が漱石を励まし、「吾輩は猫である」の第一章を書かせ、続いて第二章も書かせた。そして、読者からの熱狂的な反応を受けて、残りの九章分が書かれた。だから、この作品が生まれたのは幸運が重なり、それを漱石がうまくつかんだためだと言える。作品誕生にまつわるこのような特殊な状況のために、漱石自身のちに読者に注意を促しているように、この作品には始めから十分に練られたプロットというものがなかったし、『あらかじめ用意された背景も、構成もなく、最初から最後までどうなるかわからないまま』という状態だった。しかし、こうした漱石の警告や、作品の最初のあたりから受ける印象に反して、章が進むにつれ、この話はある種のプロットを持ち始めた。実際のところ、最後の三分の二ほどは、前の三分の一のようにエピソードで構成される傾向が少なくなり、話がわき道にそれることもなくなり、自然な統一が生まれている。これは、この作品に限らず、同様の状況で書き始められた小説に一般によく見られる傾向だ。
 この作品は題名が示す通り、名前のない猫の一生の物語だ。この猫はまた、物知りで、悪ふざけ好きで、皮肉屋のナレーターの役を務める。飢えで死にそうになっていたところを英語教師の家族に救われたこの猫はまず読者に、飼い主とそのまわりにいる人々を紹介する。飼い主の苦沙弥は俳句から現代詩、弓道、謡い、絵画、バイオリン演奏に至るまで、ありとあらゆることに頭を突っ込み、いつも、あわれな胃袋が音をあげるまで食べ過ぎる。書斎に引っ込むのは、ただ難しい英語の本を枕にうたた寝をするときだけだ。この男には妻と、のんきでいたずら好きの三人の娘がいて、女中が一人同居している。次に苦沙弥のまわりの人々の紹介が始まり、われわれは彼の友人たちを知ることになる。苦境にある哲学者の独仙、美学者迷亭、苦沙弥のかつての教え子で理学者の寒月、詩人の東風など、みなとくに何もすることもなく、自殺やら神経衰弱、首吊りの力学、木の実の安定性、女らしさ、鼻、東西文化、人類の文明といったありとあらゆる話題について、のんきにおしゃべりをするだけだ。そして、わがヒーロー、名なしの猫はこの憐れむべき一群の人間に平和商人というあだなをつける。
 当然ながら、このわれらがヒーローも最初で最後の恋を体験する。相手は隣の音楽教師の家で大切に飼われている三毛猫だ。また、人力車夫の家では、筋肉自慢の別の雄猫と不愉快な出会いを経験する。しかし、こういったことはあくまで蛇足で、苦沙弥の近所に住む成金の金田という男が思いがけず仇敵となり、苦沙弥のまわりの平和な生活が打ち砕かれるあたりから、物語のペースが速まって行く。金田は苦沙弥の大事な仲間の一人寒月を、恋わずらいの娘の婿にしようとする。そして、貧しいこの理学者をはさんでの両陣営の対決が、後半の物語の展開の中心となる。両陣営とも簡単には折れようとしない。苦沙弥側は当然ながら寒月に、金田からの申込を受けたらとんだことになると警告を発する。一方、金田の方は、まずはそれが何であれ博士号とか言うものを取らせてやると請け負う。最後には金田が隣の音楽教師と車夫の助けを借り、むこうみずな学生に金をやって、なにかにつけて苦沙弥に嫌がらせをさせ、両者の綱引きはクライマックスにさしかかる。苦沙弥の二人の古い友人(一人は大学時代の友人でもう一人はかつての教え子)は金田の社会的地位にあこがれ、買収されて、無益な反対はやめるようにと苦沙弥を説得し始める。結局、野心家の『ビジネス・マン』が金田の娘と婚約し、苦沙弥らはビールで乾杯して彼を祝う。しかし、そのピール・パーティーのあと、誰もがなにか空しい気持ちになる。主人公の猫は残り物のビールをなめて祝宴に参加するが、コップに一杯のビールですっかり酔いがまわり、千鳥足になったところで運悪く水瓶に落ちて溺れ死ぬ。
 「吾輩は猫である」においては、筋は大した重要な意味を持たない。この話の魅力は別のところにある。この作品が発表と同時にセンセーショナルな人気を博した理由はどこにあるのだろう。また、時代の隔たった現代までもこの本が人気を博しているのはなぜだろう。この小説が発表されると、大衆はすぐさま、これが昔ながらの恋物語とも、まだ未成熟だった自然主義の文学とも異なることに気がついた。それはこれまでの文学が擦り切れてぼろぼろになっていたのと対照的に、新鮮で生き生きとしていた。物語の話し手として人間ではなく、名のない猫を用いた漱石の手法も目新しかった。そうすることにより、人間と人間社会を、非人間的な観点から、気の向くまま、超然とながめることができた。このことだけでも、当時の文学界では新鮮なことだった。さらに加えて、この話には痛快な風刺が込められていた。この作品は作者である漱石に、思索的だが同時に刺激的、極端だが同時にユニークな知的論争にひたる機会を与えた。事実、この小説には漱石の機知とユーモアが大いに発揮されている。そして、この機知とユーモアこそが、読者の心をとらえたのだ。このことは漱石はまったく予期していなかった。この、発表当時の驚異的反響の理由は、現代の読者にも通じる。
 「吾輩は猫である」が、メレディスのコミカルな笑い、スターンのとりとめのない脱線、スウィフトの無作法な非難、ホフマンの有名な猫の主人公などをまねているという指摘は以前からある。苦沙弥が仇敵や、群がる学生の大群を相手に反撃を試みるところ、あるいは、主人公の猫が、ヘクターに戦いを挑むアキレスさながらに意地の悪いネズミを追うシーンなどでは、ポープの作品によく登場する英雄気取りの主人公の姿がちらつく。スウィフトの冷酷な風刺に対して漱石が賛辞を送っていたのは事実だが、「ガリバー旅行記」に登場する、人間の形をした野獣ヤフーが漱石にインスピレーションを与えたとする説はあまりあてにならない。話し手の猫は苦沙弥とその仲間を、一般的な人類の代表と呼ぶ。『人間は口を動かすこと以外なんの役にも立たない。それもただ暇をつぶし、おもしろくもないことに笑うためだけだ。そして、たいていはなんでもないことに自分をすりへらす。』人間に対する漱石の皮肉の剣が届くのはここまでだ。この程度では血を流すどころかくすぐったいだけだ。漱石の皮肉は結局は笑いに終わる。なぜなら、誰もが平等に皮肉に満ちた扱いを受けるからだ。その皮肉は決して致命的な傷を負わせることはない。誰もが「おあいこ」なのだ。皮肉に満ちていると同じくらい、この作品にはおかしさが満ちている。漱石は喜劇的な文学の真髄について次のように語っている。「小説家は笑いの中から同情を引き出すことができなければならない。」この基準からすると、「吾輩は猫である」は確かに「ガリバー旅行記」の偉大さには程遠いにしても、喜劇としては申し分のない出来だと言える。「申し分ないが偉大とは言えない」というこの評価を漱石は喜んで受けただろう。漱石のこのような気負いのなさこそが、この作品を読んで楽しいものにしている。その誕生そのものが偶然と言ってもよいこの作品は、産みの親同様、自由奔放な展開を繰り広げる。物語は永遠に続くようで、いつまでたっても終わりが見えてこない。少なくとも、作者の燃料が切れるまでは。実際にこの作品は、漱石がアイディアに尽きたところで、主人公の猫が突然に舞台から姿を消して終わる。この作品にあるのはただ、おもしろおかしい瞬間、観察に値する出来事、同情に値する心情、ほほえましい登場人物の性格、追うべき筋といったものだけだ。間に何度も脱線するこのようなめちゃくちゃな展開方法を、漱石はおそらく、虚子とその俳句の会が好んで使ったいわゆる「写生文」の方法から借りたのだろう。漱石は彼らの主張する表現形式を採用して、ただ彼らを喜ばせるためだけに、この小説の最初の章を書いたのだ。しかし、この小説が「最高のリアリズム」だと言う漱石の意見に賛成を唱えられるのは、彼がこの当初のスタイルをとり続けた時点までだ。書き続けるにつれ、漱石はこの小説のスタイルをもっとかたくるしいものにしようとしたが、それは明らかに間違いだった。なぜなら、現代の読者がいまだにこの小説からおもしろおかしい風刺を読みとるのは、書き出しの頃のスタイルの影響が大きい。。
 漱石の感受性に満ちた口語的な文体は、省略の多い俳句と、大げさな表現の多い漢詩からの影響を強く受けている。この文体はおそらく、外国語に翻訳することはむずかしい。しかし、それでもなんとか、苦沙弥と金田とのあいだの争いの場面などは英語にうまく翻訳されている。話が進むにつれて、主人公の猫は猫本来の性質を次第に失い、どんどん作者自身に似ていく。漱石は猫という仮面をかぶり続けてはいるが、その仮面の後ろに漱石の二つの異なる顔が見えかくれしているのを読者は見逃さない。つまり、おかしなことをもて遊ぶ漱石と、まじめなことを語る漱石だ。この二つはしばしば主導権をめぐって張り合う。そんなときこそ、物語のもともとのプロットというべきものが姿を現わす。つまり、二つの仮面の間の緊張が争いに発展し、中心的なテーマが提示される。これこそが、半分皮肉的で半分はおもしろおかしいこの作品の表面下に隠された真剣なテーマ、二重の意味を持った隠されたテーマだ。そのテーマとは次の通り。
 まず第一に、金持ちで俗物の金田と、防御の構えのインテリとの争いは、明治の日本に台頭しつつあったブルジョワ階級の現実を象徴している。小説の中では不安定ながらも両者はバランスを取り合う、というより、そのバランスがこわれる前にわれらが主人公の猫が突然に姿を消して舞台に幕が降りると言った方が適切だろう。それはともかく、その両者の姿を見せられた読者は、意思の疎通も条件付き降伏も許さない膠着状態は、決して現実社会の問題の解決にはならないことを感じとる。漱石がこの問題を徹底的に追求して解決を提示するところまで至らなかった理由は、彼がこの作品でとった表現方法に伴う限界のためだと思われる。この点は当時の自然主義者たちの、この作品に対する不満の大きな原因でもあり、真面目な気持ちでこの作品を読もうとする現代の読者の不満の原因でもある。
 第二のテーマは風刺だ。この物語では話し手の猫自身、欠点を持っている。それは作者自身の欠点でもある。この作品の風刺の痛快さは、登場人物のだれもが漱石の鋭い風刺の対象にされているところにある。だれも無傷ではいられない。とはいえ、猫の鋭い牙が、(本能的に、また不可抗力で)飼い主である苦沙弥とその仲間に対しては弱められていることは隠しようがない。博学で洗練されたペットである猫にとって、金田が所属する世界よりも苦沙弥の世界の方が身近に感じられたとしても当然だろう。そこで、「吾輩は猫である」は漱石が自分自身の個人的な世界に対して試みた反論だという考えも成り立つ。猫の姿を借りた漱石は、苦沙弥の世界を完全とは言えないにしてもかなり第三者的な立場から見ることができた。しかし、そこに見えた世界は、のさばる俗物たちにどんどん侵略されつつある世界だった。漱石には猫の仮面のうしろで遊んでいる暇はなくなった。人生はもっと真剣な形相を帯びてきたのだ。

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