『漱石研究』 目次に戻る
:第二章 いらだちの日々(1903-1907年)
:第三節
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「草枕」
人生の半ばにさしかかり、単調な世の中にうんざりした絵描きが山道をたどる詩的な旅に出る。時は春うららかな日。ロマンチストからはほど遠い人間さえもが、決まり切った毎日のつまらない仕事をふと忘れてしまうような季節だ。絵描きは持ってきたキャンバスやイーゼルのことはすっかり忘れてしまう。旅の終わりに趣味のいい温泉宿にたどりついた絵描きは、宿の主人の娘に出会い、そこから物語が進展する。何だかわからないが過去の影をひきずっている様子のこの娘は、そのためにいっそう魅力が感じられるのだが、彼女に恋をすることは絵描きにはとてもできない。その代わりに、この超然たる絵描きは、女をまるで芸術作品を見るようにながめる。しかし、そのような見方をしたとしても、彼女には何かが欠けている。完全な絵としてみるには不足している何かがあった。絵描きは次第にそれが何かに気がついていく。それは「哀れ」と呼ばれる感情だった。この日本語は同情や優しさ以上のものを含む感情を示す。何だかわからないが、最も神に近い人間の感情がこの「哀れ」だ。美しいがどことなく強情すぎるように見える女の表情に、この「哀れ」が宿ったとき、自分の心の中の女の絵が完成するに違いない…と絵描きは自分に語りかける。その瞬間がとうとうやってきた。二人は戦争に行く彼女のいとこを見送りに駅へ行く。そこで彼女は走り去る汽車の窓に、別れた夫の姿を見たのだ。夫の顔はすぐに見えなくなった。彼女の視線はぼうぜんと汽車を追う。絵描きはまったく予期していなかったことだが、彼女のその放心状態の中に、心の中の女の絵を完成させる「何か」、すなわち「哀れ」の感情をはじめて見たのだった。
その瞬間に心の中でふるった最後の一筆によって、彼の心の中の絵も、旅も、この物語自身もふっと姿を消す。後に残されたわれわれの心には、実体は持たないがこの上なく美しい香りを放つ「哀れ」の感情だけが残る。審美的なこの感情をしっかりととらえるために、漱石は小説に必要な要素のほとんどすべてを取り除いている。しかし、その一方で、この審美的瞬間を(説明するのでも、描写するのでもなく)自然と現出させるために、漱石は自分が手に入れられる限りのあらゆる方法、あらゆる工夫、あらゆる知識を動員している。その結果として、東洋および西洋からの詩が、絶え間なく引用され、読者はその終わりのない詩のタペストリーに目をくらまされる。漱石はこのタペストリーを計画的に、またウィットに富んだスタイルで編んでいく。こうして、「草枕」は芸術的な小説、すなわち芸術と芸術家、そして芸術的な人生観についての、芸術家の手による小説となった。この本のタイトルを内容に即して英語に訳したとしたら、「詩的な旅」とでもなるだろう。とは言うものの、この小説は近代文学における特殊なジャンルの一つである、いわゆる「芸術小説」とはまったく異なる。「草枕」発表後のインタビューの中で漱石はこの小説を、ふつうの小説とは反対の方向へ行こうとした試みであると説明している。つまり、「俳句小説」とも呼ぶべきもので、その真髄は美にあるとし、実生活の苦しみを忘れさせ、それによって人に慰めを与えるような種類の小説だとして、従来の小説からの逸脱を弁護した。彼はまた、このような小説が文学の世界に新しい運動を引き起こすかもしれないと示唆した。また、別の機会には、同じような見解を繰り返した後、この小説は傑作ではないにしても、前例のない作品であることは確かだとつけ加えた。
この詩的な旅を語る語り手は絵描きだ。その理由は、漱石自身があらゆる芸術の中で絵画こそが人間的な諸々のことから離脱していると感じていたから、つまり、絵画はすべての芸術活動の中で最もうまく、人間的なものを超越した世界に人間を誘うことができると感じていたのだ。時間の歯車から解き放たれた主人公の絵描きは、女について漫然ととりとめもなく話し続ける。この女が自然を象徴する動くシンボルであることは間違いない。このような絵描きの漫然とした話は、ふつうの小説の中には決して書けない。ふつうの小説ではすべてが他と関連し合い、助け合っているからそんな漫然とした話は入る余地がない。しかし、「草枕」ではすべての瞬間がその瞬間のためにあり、そこにおいては、このような漫然とした話こそが非常に重要な意味を持っている。事実、彼の詩的な旅自体がはじめから漫然とした旅なのだ。そんなものがわれわれの何の役に立つのだろうか? この疑問自体、あまりに世俗的だということになるかもしれないが、われわれとしては是非答えがほしい。絵描きはこう言う。『二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間の詩味はたいせつである。惜しいことに今の詩を作る人も、詩を読む人もみんな、西洋人にかぶれているから、わざわざ呑気な扁舟を浮かべてこの桃源に遡るものはないようだ。余はもとより詩人を職業にしておらんから、王維や淵明の境界を今の世に布教して広げようという心掛けもなにもない。ただ自分にはこういう感興が演芸会よりも舞踏会よりも薬になるように思われる。ファウストよりも、ハムレットよりも難有く考えられる。こうたって、ただ一人絵の具箱と三脚几を担いで春の山路をのそのそあるくのもまったくこれがためである。淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしの間でも非人情の天地に逍遥したいからの願。一つの酔狂だ。』こう言う絵描きは逃避主義者なのだろうか? そうした旅が人間を社会的な放浪者ではなく、むしろ宇宙的な放浪者にするとしたら、何が悪いと言うのか、と絵描きは疑問をぶつける。これはより大きな世界への逃避だ。こうした逃避は絵描きにだけ可能なことなのだろうか。われらが主人公の絵描きはそうは思わない。なぜなら、人はみな潜在的に絵描きだからだ。たとえは旅人は、旅に出ているあいだはただの疲れた人間にすぎないが、旅をふりかえり、そこに思いを馳せるとき、彼は詩人になる。これはすなわち、もし、常識という四角四面の世界の一つの角を削り落とし、残りの三角の中で生きるなら、絵描きになれるということを示している。
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