『漱石研究』 目次に戻る :第二章 いらだちの日々(1903-1907年) :第三節 :

「二百十日」、「野分」

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 虚子の「アマリリス」への序文で、漱石は現代の小説を奔放と責任という二つの種類に分類し、それらの長所を比較している。後者は西欧の言葉で言うなら 「問題文学(litterature engagee)」 とでも呼ぶべき小説で、現代文学、とくに西洋の小説によく見られる。それと対照的な前者は東洋に典型的なもので、次の三つの大きな特色を持っている。つまり、超然とした客観性、緩慢な皮肉、非虚構的な虚構の三つだ。漱石のこれまでの作品の多く、とくに「吾輩は猫である」と「草枕」はこの前者に属する。ただし、「吾輩は猫である」の場合は、そこに描写されている人生観は登場人物のものであり、自分のものではないと漱石は強調している。また、「草枕」の場合は、自分の人生と芸術に対する考えのほんの一部を表現したものにすぎないと強調している。一方、「二百十日」と「野分」では、漱石はまた新たな側面を見せてくれる。それは「ある種の社会主義者」と自称する男としての側面だ。
 「二百十日」は火山、阿蘇山を測量しようとしている二人の男を主人公としている。一人はある責任感にとらわれていて、もう一人は奔放。一人はつねに戦う姿勢で、もう一人は超然、無関心。小説の終わりの方になってやっと、この小説のテーマが明らかにされる。『我々が世の中に生活している第一の目的は、』と、戦う男が語り始める。『こういう文明の怪獣を打ち殺して、金も力もない、平民にいくぶんでも安慰を与えるのにあるだろう。』この点で二人は意見の一致を見る。そして、「二百十日」が訪れる直前、『轟々と百年の不平を限りなき碧空に吐き出している』火山に登っていく。漱石は二人の主人公について、現代の若者がたどるべき二つの異なる道を象徴していると言っている。
 「二百十日」の二カ月後に発表された「野分」は、「二百十日」で扱われたテーマを思想的な限界にまで発展させたものだ。登場人物の二人の文学青年のうち一人はすでに金を手にして生活を楽しんでいるが、もう一人はいまだ生活に窮々としている。この二人のあいだの、あまり確かでない友情が、この短編のわき筋になっていて、真の主人公の登場の先触れをする。主人公は以前教師をしていて、今は人間の特質について挑発的なエッセイを書いている。理解のない妻と俗物の弟の二人がその原稿をだめにしようと計る一方で、主人公は「現代の若者に告ぐ」と題されたスピーチをする。このスピーチのタイトルは、漱石が最初、この小説の題にしようと考えていたタイトルでもある。物語のクライマックスで、主人公は明治時代の若いインテリたちに向かって、権力者と金持ちの腐敗した手から世界を取り戻すために、理想を掲げ、リーダーシップを発揮せよと促す。物語の終わりはあっけなく、貧困にあえぐ若者の方が、成功した友人がくれた金でその原稿を買い、この野心的なエッセイを完成しようと決心するところで終わる。この文学青年はかつて級友らとともに主人公たるこの教師を学校から追いだしたことがあり、その昔の愚行を償うつもりでそんなことをするのだ。
 「野分」は苦沙弥の世界と金田の世界との衝突をさらに強調したものだと言える。この二つの作品の違いは、「野分」では、インテリのリーダーたちが金持ちの俗物たちと戦う際に力を結集しようとしない点だ。主人公に関して言うなら、「野分」の主人公は「坊っちゃん」に近い。ただし、坊っちゃんのように荒削りの正義を無意識に愛する人物としてではなく、社会的な正義のために戦うことを自分の義務と感じている知識人として表されている。この点では、イプセンの描く主人公、とくにドクター・ストックマンに似ている。(漱石は責任への拘束の文学をイプセネスクと命名している。)漱石は、どんどん増加する社会的不正に対する主人公の憤りを真面目にとらえている。また、知識人が自らの責任に目覚めることを強調している点でも大真面目だ。この主人公がイプセンの主人公同様ドンキホーテ的に見えたとしても、この話のおもしろさを損なっているのは今指摘したような真面目さのせいでも、漱石が知性のFと呼ぶところの文学の要素(四つのFのうち最も弱いもの)に強調を置きすぎたためでもない。この小説の失敗の原因は、テーマをドラマ化せずに一般化してしまったところにある。漱石は以前に、知的な幅を持っている芸術家は人生の両極を同時に包括することができなければならないと言っている。「野分」において、漱石はその一端しかとらえていない。さらに言うなら、この物語は実験のレベルを越えておらず、漱石の作品の中で最も生のままの作品の一つ、従って最も成功しなかった「風潮文学(Tendenz novel)」の一つにとどまっている。

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