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:第三章 決定の瞬間(1907年-1908年)
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「夢十夜」
「夢十夜」は「坑夫」が実験的な小説であることを証明するさらなる証拠とも言うべき作品だ。十の夢を集めたこの作品の中で、漱石はこれまで以上に主観的になっている。「漾虚集」と同様この十に小品にも、漱石の持っているロマンティックなファンタジーの一部が表現されている。とは言え、「漾虚集」は本質的には、愛の不思議を文学的に探るものであったのに対し、「夢十夜」は夢でのみコンタクトできる心理状態をさまざまな面から探るというものだった。ポーやボードレール、ハーンらのファンタジスティックな韻文にもどこか似たこれらの夢は、漱石自身のファンタジーであり、心的なシンボルに満たされた怪奇の世界でもある。
漱石は、明確、精緻、かつ抑制のきいたスタイルで、とらえどころのない十の夢の本質を探る。あるものは簡単にその謎めいた扉を開き、本質を見せるが、あるものはなかなか手ごわい。何が起こっても不思議のないこの世界においては、われわれのぎこちない散文的やり方はまったく通用しない。最初の夢は、死んだ恋人が白い百合となって帰ってくるのを百年の間待つ男の夢だ。もしこの話を、長く待ったあげく望みがかなった男の至福の話とするなら、五つ目の夢は、捕虜になって殺される前に恋人に一目会いたいと願う兵士の苦悩の話だ。兵士に会うためにひた走る恋人は、馬もろとも深い崖に墜落する。ここに描かれたこのうえない苦悩、絶望は二番目の夢のテーマでもある。この夢では、自分を嘲った和尚を切るために何とか悟りを開こうと苦悩する侍が登場する。そこには大きな皮肉がこめられているが、その皮肉は九つ目の夢でさらに強烈になる。それは、子供を背におぶい、すでに殺されている夫の無事な帰還を祈願する侍の妻の夢だ。六番目の話も夢だが、明治時代の芸術家の苦悩がテーマになっている。男は昔の巨匠をまねて、木の中に埋まっている仁王を彫りだそうと無駄な努力をする。七番目の夢は明らかに、かつてあちこち旅して回った漱石自身の経験がもとになっている。意味もなく西に向かう終わりのない旅に疲れ、男は海に飛び込む。飛び込んだ後、「無限の後悔と恐怖」を抱いた男を後目に船はどんどん去っていく。
八つ目の夢は床屋でのありふれた風景に、奇妙な味をつけをした短文だ。床屋に来た男が、札を黙々と数える女の姿を鏡の中に見て、振り返ると女の姿はない。外に出ると、扉のわきに金魚売りがじっと座っている。そこではすべてが見る人の視線の角度によって決まっているように思われる。重要なのは視角のみなのだ。この不可思議さは四つ目の夢でさら強烈になる。夢の中の主人公は子供たちと一緒に川岸に立って、ざぶざぶと川の中へ入って行った老人が向こう岸に姿を現すのを待っている。老人は肩に掛けた箱に入れた手ぬぐいが蛇になると言い残していったので、それを見せてくれるのを待っているのだ。しかし、老人は二度と水から姿を現さない。十番目の夢でこの不可思議さは頂点に達する。この夢は町内一の好男子についての夢で、この男は果物を盛り合わせた篭を持ち、美しい女の供をして出かけたきり、一週間も帰ってこない。七日目の夜ふらりと帰ってきた男は、いったい何があったのだと口々に聞く近所の人に自分の冒険談を話して聞かせる。女と彼が崖の縁にたどり着くと、女がそこから飛べと言った。そうでないと豚になめさせるというのだ。男は豚が大嫌いだったが、命には代えられないと踏みとどまった。すると、それから一週間、朝となく夜となく豚が押し寄せてきて男をなめようとした。杖でたたいては豚を崖から落とし続けた男はとうとう疲れ果て、豚になめられて気を失ってしまう。この話は非常に印象的だが、三つ目の夢も一度読むと忘れられない話だ。主人公の男は子供をおぶって歩いている。子供は確かに自分の子供なのだが、いつのまにか目が見えなくなっていて、大人のような口調で話し、何でも知っている様子だ。男は子供を捨てる決心をする。『雨は最先から降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧が食付いていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分は堪らなくなった。』二人はじきに暗い森にさしかかる。そこで子供は一本の木の根元を指してこう言う。『お父さん、その杉の根のところだったね』『お前がおれを殺したのは今からちょうど百年まえだね』男はその言葉を聞いて突然に、自分がまさしく百年前、同じように闇の晩に、その場所で一人の盲目の男を殺したことを思い出す。『おれは人殺しであったんだなとはじめて気が付いたとたんに、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。』批評家の中には、この三番目の夢と先にあげた四番目の夢とが、ある種のエディプスコンプレックスを暗示していると考えている。つまり、漱石の罪の意識だ。確かに、そこまで深読みをしないまでも、これらの二つの作品は因果を象徴していると同時に、フロイド的でもある。
漱石がどのようにしてこれらの十の夢物語を思いついたのかは今となってはわからない。そのうちいくつかは明らかに実際に見た夢、あるいは経験したことをもとに書かれているようだ。そのほかは、本を読んだり、物思いにふけっているときにふと思いついたものかもしれない。十の夢の話の中に繰り返し出てくるモチーフがいくつかある。それは、待つことの不安、崖からの墜落、水、ある種の隠された罪の意識の四つのモチーフだ。これらはすべて、漱石の個人的な記憶の域を越え、もっと深く、暗く、広範な何かを暗示する。つまり、夢に現れると言われる、人類の心の底にこびりついた記憶と同じくらい、元始的かつ普遍的な何かだ。 「虞美人草」の以後、とくに「坑夫」において、作品さながらに坑道をさまようような実験的な試みを行った後、漱石はおそらく、これらの夢を書かずにはいられない気持ちになったのだろう。このような夢物語ではなく別のものを書けばよいのにと願った読者も多かったに違いない。少なくとも自分たちが感情移入できる普通の人間を登場させてほしいと思った人も多かっただろう。しかし、漱石はこの作品において、そのいずれの願いをも実現させなかった。
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