3番目の下宿 6, Flodden Road, Camberwell New
Road, Mr Brett方 『以前の処は東京の小石川の如き処に存候今度の処は深川という様な何れも辺鄙な処に候 即ち北西より南東に転居致候 日本にて三里許りの道のり有之馬車を備ひて書物を載せて宿替随分厄介なれど日本の書生の如くランプを手に持つ様な不体裁は無之候』(明治33年12月26日付け 妻鏡子宛ての書簡より) 漱石が移ってきたこの下宿の家族構成は、主人のブレット夫妻、ブレット夫人の妹ケイト・スパロー、下女、女学生、使用人、そして日本人下宿人数名であった。ブレット夫人と妹のケイトは下宿屋を始める以前、小さな私立女学校を経営していたが、伝染病が発生して閉鎖、以後下宿屋に変わった。 漱石はこの下宿時代、クレイグ先生のところや書店へ赴く他に、田中孝太郎と頻繁に散歩や観劇に出歩いている。 (*残念ながら当時の建物は現存しない。)
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