|
4番目の下宿5, Stella Road, Tooting
Graveney, Mr Brett方 (現在は11番地) 大家の引っ越しに伴ってStella Roadにやってきたが、漱石は家も周辺も気に入らなかった。家の造りはは安っぽく、当時は下宿の回りには何もない寂しいところだった。日記にも「聞シニ劣ルイヤナ処デイヤナ家ナリ永ク居ル気ニナラズ」、「ツマラヌ処ナリ」などと書くほど嫌悪感を持っていた下宿だったが、この下宿で漱石は後の味の素発明者池田菊苗と同宿し貴重な体験をする。 友人の池田はドイツ留学を終え、ロンドンにやって来た化学者で、後に「味の素」を発明するほどの人であるが、化学のみならず文学、哲学、宗教などにも幅広い知識を持っており、漱石は彼から大いに刺激を受けている。この池田との出会いをきっかけに、漱石は「幽霊のような文学をやめて、もっと組織だった研究をやろう」(「処女作追懐談」より)と思い始め、これが『文学論』の研究の出発点になったと思われる。昼は二人で散歩や見学を楽しみ、夜は連日のように議論したことが日記に書かれており、ロンドンで漱石の一番の良き理解者であった。 |