明治24年に東京帝国大学を卒業、大学院で美学を専攻し漱石訪英前にヨーロッパやロンドンを旅行している。最初の下宿(スタンリー・ホテル)は、この大塚に教えられたものである。
カーライル・ハウスには大塚が1899年8月7日に訪問した記録が残されている。ちなみに大塚は、後に漱石の恋人とする説もある楠緒子の婿養子になっている。 漱石が英国から帰国した1903年に東大英文科講師となったのは、保治の紹介らしい。また楠緒子が東京朝日新聞に『空薫』(そらだき)を連載したのは、漱石の強い推薦によったものだが、その文体は漱石の『虞美人草』に強い影響を受けている。